松江地方裁判所 昭和23年(行)27号 判決 1949年8月10日
原告
三浦庸靖
被告
江津町農地委員会
主文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
被告が昭和二十三年六月八日江農委第一三八号を以てなした「別紙目録記載農地の耕作権は佐々木儀太郞が有する。原告の父三浦由孝が、これを前田重義に耕作せしめているのは、農地調整法に違反するものである。」との決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、請求の原因
原告所有の別紙目録記載農地は、もと山林であつたが、昭和十六年以来三ケ年継続事業として原告法定代理人三浦田孝がこを開墾して水田とし、翌昭和十七年以来同人に於て、これを管理耕作して来たものであつて右開墾事業は昭和二十年末完成した。訴外佐々木儀太郞は、右農地が昭和十九年以来同人の賃借中の小作地であると主張し、昭和二十三年五月、被告農地委員会に右農地に対する同人の耕作権の確立方を願出でたところ、被告農地委員会は同年六月八日、原告と佐々木儀太郞との間に、右農地の小作契約が存在していたとの理由で、前記請求の趣旨記載の決定をなし、原告の父三浦由孝にこれを通告した。
しかしながら、佐々木儀太郞は昭和二十一年及び翌昭和二十二年の二年間、右農地について原告法定代理人の耕作を手伝つたのであるが、昭和二十三年四月、右手伝を拒絶したので、原告法定代理人はやむを得ず、同年から、訴外前田重義の協力を得て、右農地を耕作することとしたものであつて、佐々木は単に原告法定代理人に傭われ、その使用人として、右農地の耕作に従つたものに過ぎず、何等原告と佐々木との間に右農地の賃貸借その他小作関係が成立していたものではない。従つて、原告法定代理人が右農地の耕作を佐々木に手伝わせることをやめて前田重義に手伝わせることとしたからとて、もとより農地調整法に規定された農地賃貸借の解約に関する手続を履践しなかつたという問題を生ずる余地がない。かような次第で、被告農地委員会が佐々木が右農地の小作人であつたことを前提として、農地調整法第九条を適用し、右農地の耕作権が佐々木にありとし、これを原告が前田重義に耕作させたことを以て同法に違反するものであると宣言した前記決定は誤つた事実の認定に基いてなされた違法の決定である
而も右決定は同法附則第三条によつて為されたものではないから、被告は佐々木儀太郞に対し右農地の耕作権を認める権限はなく、右決定は市町村農地委員会の権限外の事項について、法律上の根拠なく為されたものであつて、故なく原告の所有権を侵害するものであり違法であることは明白である。
また、右決定の通知は原告法定代理人親権者父三浦由孝に対してのみなされて居り、原告法定代理人親権者母永富道子に対しては、何等の通知がなされなかつた。従つて右決定は民法第八百十八条、第八百二十四条に違反する無効の決定である。
よつて、右違法且無効な決定の取消を求めるため、本訴請求に及んだ次第である。
第二、被告の答弁並びに抗弁
被告訴訟代理人は、先ず、原告の訴を却下するとの判決を求め、本案前の抗弁として、次の通り陳述した。
被告農地委員会が昭和二十三年六月八日なした原告主張の決定は、訴外佐々本儀太郞が昭和二十三年五月十九日提出した嘆願書によつて、同人と原告との間の別紙目録記載農地の耕作権をめぐる紛争を解決するため、農地調整法第十五条、同法施行令第十四条第一項第一号の規定に基き、小作関係等農地の利用関係に関する斡旋及び争議の防止に関する措置としてなしたものに過ぎない。従つて右決定は当事者が之に従うことを勧告するという意味があるだけで何等法律上の効果の発生を目的としてなされたものではないから行政行為の性質を有せず、行政事件訴訟特例法にいわゆる行政庁の処分であるということはできない。従つて原告の本訴請求は訴訟の目的となすことを得ないものをその目的として居り不適法であるから却下せらるべきである。
次に被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次の通り陳述した。
原告主張の事実中、佐々木儀太郞が原告主張の日時被告農地委員会に原告主張の農地について耕作権確立の斡旋方を申請したこと、被告農地委員会が原告主張の日時その主張のような内容の決定をしたことは、いずれもこれを認めるけれども、その余の事実は、すべて否認する。
原告主張の農地は大正十一年頃から佐々不儀太郞の父国次郞が賃借小作して来たものであつて、その後災害のため荒廃したのを、昭和十七年訴外渡部某が開墾して一年間耕作したことがあつたが、その後は再び佐々木国次郞が耕作して来た。もつとも、昭和十九年春右農地のうち約三畝歩を原告法定代理人三浦由孝が取上げて、人傭で同年及び昭和二十年の二年間耕作したことはあるけれども、昭和二十一年からは、再び佐々木儀太郞が右農地全部を賃借耕作して来たものである。しかして、農地調整法の改正によつて昭和二十一年から小作料の金納制が実施されたので、原告法定代理人三浦由孝は同法を潜脱し、小作料の現物納付を要求する目的で、名目上は佐々木儀太郞と右農地を共同耕作しているということにして、右農地から収穫した米を切半して分け合うという約束をし、昭和二十一年度米作について六斗、昭和二十二年度米作について四斗四升の玄米を受取つているけれども、右農地の耕作に従つたのは佐々木のみであつて、原告側は何等右農地の耕作を手伝つたこともなく、また労賃乃至は経営費の支出もしていないから、名目は共同耕作であつても、実質上は小作料の物納を目的とする純然たる賃貸借にほかならない。
従つて右農地は佐々木儀太郞が賃借耕作中の小作地であるといわねばならぬから、原告が若しこれを引上げる必要があるとすれば、農地調整法第九条に従つて、右賃貸借を解約するについて正当な事由があることを理由として、島根県知事の許可を得なければならないのにもかゝわらず、原告はこれを自作地であると称して何等正当な理由もなく、また島根県知事の許可を受けることもなしに、佐々木儀太郞から取上げ、訴外前田重義に耕作させることとしたのであるから、右農地の取上げは農地調整法第九条に違反し、無効であり、農地と佐々木との間の貸貸借は右不法取上げに依つては消滅せず、右農地の耕作権者は依然佐々木儀太郞である。従つて被告農地委員会が佐々木の申出によつて、同人と原告との間の右農地をめぐる紛争の防止のため為した前記決定は正当であり、何等原告の主張するような違法の内容を含むものではない。(立証省略)
理由
先ず被告主張の本案前の抗弁について判断する。昭和二十三年五月訴外佐々木儀太郞が被告農地委員会に別紙目録記載の本件農地について、同人の耕作権の確立方を申立てたこと、これに対して、被告農地委員会が同年六月八日江農委第一三八号を以て「右農地は佐々木儀太郞が耕作権を有している。原告法定代理人三浦由孝がこれを前田重義に耕作させているのは、農地調整法に違法するものである。」という趣旨の決定をなしたことはいずれも当事者間に争がなく、成立に争のない、甲第一、第二、第三、第四号証、乙第一号証、乙第二号証の一、二、三、証人笠井誉、同佐々木儀太郞の各証言及び原告法定代理人三浦由孝本人訊問の結果を総合すれば、被告農地委員会は、佐々木儀太郞の右申立によつて、同人と原告との間の本件農地をめぐる紛争を調停するため、昭和二十三年六月四日原告法定代理人三浦由孝及び佐々木儀太郞を呼び出して、双方の主張を 更に同月七日参考人藤田貞一の出頭を求めて事情を聴取するなど、本件農地に関する原告と訴外佐々木間の関係を調査した結果、原告法定代理人三浦由孝が自作地であると称する本件農地は、少くとも昭和二十一年から右佐々木がその全部を耕作しているものであり、原告側はその間全く耕作に従事した事がないのみならず、右佐々木に労賃を支払つたこともなければ経営費を負担した形跡もないから、佐々木が本件農地を耕作するについての名目がどのようなものであろうとも、その実質は賃貸借であること、もつとも原告と佐々木との間には、右農地を共同して耕作するという建前で、そこから収穫した米は、原告と佐々木とで切半して分け合う約束がなされていて、昭和二十一年及び昭和二十二年とも、原告は佐々木から収穫米の一部の現物納付を受けているけれども、右のように原告側が現実に耕作に従事せず、経営費も負担していない以上、共同耕作というのは単に名目上のことで、実は農地調整法で定められた小作料の金納制を潜脱するための手段に過ぎず、実態は小作料の現物納付を目的とする賃貸借でいわゆる刈分小作に類するものであること、佐々木儀太郞は昭和二十三年四月、原告法定代理人に本件農地の耕作を断るように申出たことがあるが、それは右のように原告から小作料の物納を強制されるのに耐えかねたため、そのような申出をしたものに過ぎず、ほんとうに右小作地を原告に返還する意思があつたものではないこと、従つて原告は県知事の許可を得た上でなければ本件農地の賃貸借を解約できないにもかゝわらず、原告法定代理人が勝手に右農地を取上げて前田重義に耕作させているのは、明らかに農地調整法に違反し、無効であるから、原告と佐々木との間の小作関係は右不法取上げによつては消滅せず、依然賃借人たる佐々木が本件農地の耕作権者であること、などが判明するに至つたこと、そこで、被告農地委員会は、本件農地の利用関係を正常な状態に戻し、佐々木の耕作権を確立するように斡旋するのが至当であるとして、前記決定をなした上、原告に右決定書を送付して、本件農地を佐々木に耕作せしめるように勧告したものであることを認めることができ原告法定代理人三浦由孝本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できない。
果してそうであるとすれば、右決定は被告農地委員会が、原告と佐々木間の本件農地の小作関係について、農地調整法第十五条、同施行令第十四条第一項第一号の規定に基き、紛争の解決を斡旋する趣旨の下に為したものであると解するのが相当であるが、かゝる斡旋行為は当事者がこれに従うことを勧告する行為に過ぎず、本件農地に関する原告の権利義務に直接何等変動を生ぜしめるような法律上の効果を伴うものではない。従つて前記決定はその性質上行政事件訴訟に於て、取消の対象となる行政庁の処分であるということはできないこと明白である。
然らば原告の本訴請求は、行政專件訴訟の目的となすことを得ないものをその目的としているのであるから、進んで本案について判断するまでもなく、不適法として却下すべきものである。よつて訴訟費用の負担について、行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文の通り判決する。
(松本 小村 吉田)